建築探偵桜井京介の事件簿,第三弾.前述の第二弾と違って,日本の建築物に対するウンチクが至る所に出てくる作品.一般人には何の事やらさっぱりだが,これに出てくる帝冠様式に興味を引かれて上野まで国立博物館を見に行ってしまった.それはともかく,本作品群は実際に建築物を使ったトリックなどがあるわけではない.つまりちょっと変わった建築物を舞台にした推理小説ってトコ.今回は,世襲制のホテルの社長の座を巡る骨肉の争いに巻き込まれる.
「だって人間は絶対に,ひとりきりになんてなれないのですもの.いつだって血縁という重い鎖に,繋がれているしかないのですもの」
建築探偵,第四弾.3作読んでみて分かったのは,建築探偵なる安易なネーミングが誤解を生じているであろうと言うこと.正しくは,建築が趣味の学生兼業素人探偵.ウリは殺人トリックなどではなく,桜井京介の人間性ではないだろうか.“建築探偵”という言葉に騙されなければ,それなりに楽しめると思うのだが.
「ぼくがいいたいのは,生き残った人間に役に立つのでなければ,真実なんて何の意味も価値もないということさ」
ハッカーと無秩序の渦巻くサイバーパンクな世界を舞台としたSF.広大なネットワークに埋もれた[ヴァレリア・ファイル].このデータを掘り起こす主人公は,ヴァレリアという女性に出会い,事件に巻き込まれてゆく.ストーリには強引なところはあるが,10年前の作品とは思えない,現代のネットワーク社会を見越したような作品.ネットワークを使った情報収集やハッカー同士の攻防戦など,そっち趣味の人には是非読んでもらいたい.
イラストは『甲殻機動隊』の士郎正宗.近未来的雰囲気にぴったり.
「だからあなたにだけは知っておいてほしいの.私の過去を,忘れないでいてほしいのよ」
題名通り,検屍官が主人公の推理小説とは言い難い作品.このような特殊な職業をメインとしたものも,今となっては珍しく無い.検屍官の特殊な業務についての記述はそれなりに興味を引かれるが,先天性代謝異常やDNA診断,果てはネットワーク上のリレーショナルデータベースと,専門的で難解な話が物語の流れに水を差す.浮かんでは消える推理,放り出されたままの証拠,繰り返される殺人に淡々と進む捜査,ありきたりなB級映画程度の結末.結局,“検屍官”を売り物にしているだけで,推理小説としては並以下.大した謎があるわけで無し.
「死ぬとわかったときにあの女性たちが感じた恐怖を,味わわせてやりたいの」
昭和42年.私の前に地獄の奇術師と名乗る男が現れ,彼による殺人が次々と起こる_ 高校生探偵と“敵”との対決という形を取るという,分かり易すぎる構図.今時,此処までベタなものも珍しいのではないだろうか.地獄の奇術師なる人物が殺人予告をしてゆくあたり,明智探偵と少年探偵団チックな,金田一少年の事件簿っぽい,まさに昭和の雰囲気.高校生が現場に首を突っ込むなどと,偏見と解っていても引いてしまう.まだ,三毛猫が探偵の方がマシ.トリックもそんなに劇的なものではないが,かつて江戸川乱歩に没頭した人たちには,当時を懐かしむ意味でも向いているかもしれない.時代遅れとも取れる此のノリについて行けるかどうかで,作品の評価は変わってくるだろう.
推理小説としては珍しく巻末に注釈がつくが,これが親切なのかお節介なのか解らないものとなっている.ま,他の小説への孫引きぐらいには役に立つだろうが.
「お前たち,神の子と称する輩は,自分らがこの宇宙の中で,どんなに矮小な存在なのか気づきもしないのか.自分が一個の力なき人間にすぎず,その愚鈍なることをどうして悟ることができないのだ」
四谷怪談をモチーフにした,時代小説? 恋愛小説? 悲愛小説と言ったところか.四谷怪談の亜種といえる此の作品は,痘瘡で醜く変貌したお岩の処に伊右衛門が婿養子に来るというストーリをとる.其の時代ならではの価値観,絡まる人間関係が,悲しい結末を導く.殺人事件も悪くないが,こんな作品でしんみりしてみるのも,善い.登場人物の役割も変わって来るであろうから,オリジナルも読むことを勧める.
何のために家を出た.何のために武家を捨てた.何のために女を捨てた.何のために名を捨てた.何のために誇りを捨てた.何のために何のために─.
『姑獲鳥の夏』に続く,シリーズ第二弾.キーワードである[匣]は[箱]の意.散発して起こるバラバラ殺人事件や誘拐事件は,いかなる関連があるのか? 匣に狂い,狂気に染まった人々を描き出す.ホラー,サイコなどという言葉で装飾する必要もないほど面白い作品.
「それはそうだろうよ.幸せになることは簡単なことなんだ」京極堂は遠くを見た.「人を辞めてしまえばいいのさ」
ある朝,父親が銃で撃たれて死んだ.捜査の結果,父親から性的虐待を受けていた娘が,同級生に1000ドルで殺しを依頼していたことが解った.
80年代,アメリカで実際に起きた此の事件を,新聞記者である筆者が一冊の本にしたもの.筆者が悪いのか訳者が悪いのか,それともドキュメンタリーだからだろうか物語としては読みづらい.取材により,関係者が一様に人間形成の時期,或いはその家庭環境に問題を抱えていたことが明らかになり,読み手に病んだアメリカをまざまざと見せつける.アメリカの全ての家庭がそうでは無いことを祈ろう.
「少しは後悔してる?」スーザンはその日,太陽のもとで従妹にこう尋ねた.「自分でやらなかった点だけはね」と,シェリルは答えた.
葬儀屋探偵.葬儀屋の走るところに死体有り.それがことごとく故意に殺されているときた.葬儀屋が依頼主達を疑うのはどうかと思うのだが.大して頭を使うことなく読み勧められる.火曜サスペンスにもなるわ.
「死者に愛着のない家族は,お金があるのに,なるべく安く,なるべく早く葬儀を終わりたいという気持ちが見え見えです」
ホラー短編集ということになっているが,ショートショートに近い.また16編あるうちで純粋なホラーと呼べるものは幾つかしか無く,他はSFと風刺とジョークの入り交じった何とも不思議な作品になっている.よく分からない,不条理を感じつつも,次々と読み進めて一冊読み終えてしまうほどの魅力は,ある.
おれの頭蓋骨が粉ごなに砕けるその瞬間,何故かおれは一種の爽快感を味わっていた.
大学から端を発する連続密室殺人事件に,女学生と助教授が捜査に首を突っ込む話.すでに古典の域に達している[密室]というネタを,上手に取り回してトリックを作り出している(少々出来過ぎという気もしないではないが).さらに,魅力的なキャラクターと相まって,理想的な推理小説となっていると評価したい.
「有能な人間は、周りがそのままにしておかないだろ? みんなで一緒に無能になろうとしているんだ。そうやって、社会のエントロピーが増大するわけ」
法医学、文化人類学、美容整形、インターネット、アロマテラピー、原始宗教、人形、入れ墨など、興味を引くべきキーワードをいろいろ詰め込もうとしているが、そのほとんどが中途半端でいい加減な印象を受ける。屍体が6体も出てくるわ、たいした理由もなく青森やアメリカまで出張するわというみごとな展開。無理矢理に近いラストは唖然の一言。ホラーミステリーだ、異常心理による猟奇殺人だとうたっているけれども、下らないサスペンス。それこそ頭を使う必要のない火曜サスペンスで見たほうが、よっぽどおもしろいだろう。
「原始社会は人間の普遍性のるつぼですね。文明社会ではとかくわかりにくくなっている部分がシンプルに理解できる」
長年,自分の家を持ちたいと願っていた主婦が,念願のマイホームを購入して引っ越したところから始まるホラー小説.新築の家に何故か取り憑いている騒霊に,悩まされる主婦を描いている.この俗で凡庸な主婦のリアルさは,女流作家ならではといったところだろうか.しかし,ホラーというには無意味な展開.ある意味,ホラーである必要はなかった.真に怖ろしいのは,此の何処にでも有りそうな幸せな家庭が,簡単に崩壊してしまうことではないだろうか.
さらに,結末はあやふやですっきりしない.気持ちの整理がつかないままに終わってしまうのを,良しとするか悪しとするか.ただ,世の奥様方には読んで貰いたい作品.
「アンタは私を生んだ母親だけど,アンタは私の何を知ってる?」
映画にもなった,多重人格サイコにホラー要素を加えたもの.他人の感情を読むことの出来る主人公が,ボランティアとして働いていた阪神大震災後の被災地で多重人格の少女に出会う.物語の設定は良いのだが,前・後半がきっちり“サイコ”と“ホラー”に別れていて,その繋ぎ目で微妙な違和感を感じてしまう.サイコのみで突っ走っても良かったんじゃないかと思うのだが.二つの要素を加えることで,味が濁ってしまっている様.結果一つ星ではあるが,それでもそこそこ面白い.文庫本サイズで枚数も少ないものであるから,気軽に読める一冊ではある.
『ペス! どこにいる? 殺してやる!』
作者にしては珍しい作風の短編集.ベクトルは[世にも奇妙な...]の方向に向いているが,後味は悪くない.さらっと読み流そう.
「娘も追っかけてきた.あれは怨みかね,それとも愛のためか? そして,あんたはどうする?」
地方伝説になぞらえて起こる連続殺人事件.会津の旧家と自然を舞台にした此の推理小説,横溝風と評されるのもうなずける.が,内容的にはチト遠い.読み終えてもすぐに忘れてしまいそうで,物足りなさを感じる.探偵役の本因坊は,いわゆる“安楽椅子探偵”というヤツで,話を聞いただけで犯人の目星をつけてしまう.個人的には,足で稼ぐ刑事の方が好み.
「その刀がお気に入り? それね,“血乞いの剣”って言われてるのよ」
1960-1990年の,4つ異なる時代を舞台にした4編の推理小説.“その時代だからこそ起こりうる事件”という点に重点を置いて描かれていて,非常に興味深い.推理トリック云々はとりあえず置いといて,古き良き時代を懐かしむのも一興.そして最後には,2000年代の殺人を予言する.
(さてと,それでは試しに誰を自殺に追い込んでみようかな)
速鳥お勧め作家,森博嗣の処女作.とある孤島の研究所.コンピュータ制御された建物に,あちこちに出てくる科学的小道具が未来的雰囲気を醸し出す.しかし,此の閉鎖空間で起こるのは,殺人というあまりに人間的な行為だった.
初作品らしい荒さや非整合性はあるが,十分に楽しめる.かなり知的な推理小説.
「病気なんです.生きていることは,それ自体が,病気なんです」
失踪した学生の机から発見された日記.其処には,2体の死体を切断し,合成して蘇らせたとあった.果たしてそれは実際に起こった出来事なのか,それとも狂人の戯言なのか.この謎に,探偵・御手洗が挑む.
序盤に妙に医学専門用語がちりばめられた会話が続くが,これは演出多加だろう.一般読者にはついて行けない.突拍子のない日記の内容が明らかになって行く課程は,良い意味で非常識.こんなのも有りかと唸らせる.まぁ,とりあえず及第点.ひとつ大きな謎が残されているのだが,これもただの演出だったのか?
「君が唯一無二の絶対的なものとして信奉している常識というやつは,実は高度成長時代という,日本のごく短い時代の,きわめて特殊な日本人の好みなんだ」
TV版NIGHT HEADの台本集.シェイクスピアのそれのようにト書きなどがあるので,好き嫌いが別れるかもしれない.しかし,おいしいところを凝縮してあるので(悪く言えばカットされているわけだが),割合分かり易く読み進められる.超能力を触媒として,人間の感情ありのままを描き出す名作.
「僕のせいだ! 僕が,あの人の存在しない未来を望んだんだ!」
古代エジプト,沈没寸前のタイタニック号,現代アメリカの三つの場所と時代にわたる,500頁を超える長編推理小説.事件が起こって探偵役の御手洗が現れるまでに,頁の半分が費やされるという随分と長いフリ.しかし無駄に長い訳では無く,事件の解説が2回も行われると言う豪華特典付き.《小学生以下》の烙印を押されること請け合い.
「女性に二種類あるなんて思っちゃいけないよ.状況に応じて,女性はどんな人格にでも変化するのさ」
金田一耕助もの.横溝正史後期の作品らしく,都心近くの集合団地で連続殺人事件が起こる.戦災復興もすすみ,金田一の活躍の場所も“村”から“街”に変わってしまった.速鳥には『獄門島』や『悪魔の手毬歌』の頃のおどろおどろしいイメージが強いせいか,都会の金田一耕助はしっくりこない.
「近頃の若い連中は,同じ世代のひとたちとの結合というか連帯というか,そういうものに対して,宿命的な従属意識を持っているというんです」
山中で見つかった排ガス自殺死体.「遺書」と書かれた封筒に中身がなかった事から,他殺を疑う.調査が進むに従って政治家との関係が明らかになる,という,いわゆる「社会派」.しかしながら,物語的に際だった見せ場がない.淡々の進む物語に飽きを感じることも.
「警察官がすべて清廉潔白であるという前提でものを考えたら,大間違いです」
記憶をなくした囚人が,記憶を取り戻すために脱走するが,過去を知る暴力団から狙われるとゆーお話.自分の過去を求めて関係者を拉致監禁し,容赦なく殺してゆく.途中金に困って強盗も働くが,結局,一番下のチンピラからトップのボスまで,ひたすら拷問の繰り返し.久々に読んで損した.うっとおしいほどの銃器に対する細かい描写,頻繁に出てくる【男の料理】シーン,ナイフや登山用品のうんちくを熱く語るなど,作者の趣味爆発.主人公はかつては特殊工作員だったという都合の良い設定で,軽機関銃やライフルを装備してあらゆる難局を乗り越える.首相と暴力団が癒着しているのはともかく,装甲車が出てきて家一軒粉みじんにするわ,セスナ機奪ってダイナマイトを投下するわ,警察は圧力で出てこないわ,最後は要塞化した孤島に乗り込んでロケットランチャーで最終決戦.犯罪小説と言うよりはSF.
ん? 昭和49年の作品って... これなら納得.
「もっと苦しみながら死ぬんだ,貴様は」
赤川作品に総じて言えるのが,魅力的な登場人物.特にこの花嫁シリーズに登場する塚川一家はかなり個性的.これだけでも読む価値はあるぞ.
「いざってときは,ドン・ファンがやったことにするのよ.あんたと違って,ドン・ファンは刑務所へ行かないわ」